さいたまの観光・国際交流情報
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さいたままめ歴史

イメージサツマイモのお話
 サツマイモと聞いてまず思いうかべるのが「川越」でしょう。現在一般には「金時(きんとき)」の名前で呼ばれ、埼玉県内では「川越イモ」の別名がついているサツマイモを発見し、栽培を始めたのは、明治31年に木崎村針ケ谷(現在のさいたま市浦和区北浦和)に住んでいた‘山田イチ’さん。山田さんは、発見した新種のサツマイモが味も優れていたことから、種芋として栽培を始めました。その後、親戚がその種芋を譲り受け、4年間栽培し、名を「紅赤(べにあか)」としました。この芋は評判を呼び、全国のサツマイモの70%を占めました。しかし、戦中・戦後は食糧増産品種の影にかくれ、作付けは急減しました。イメージその後再び市場販売用として増加し、埼玉・千葉両県を中心に特産地が形成され、東京市場で銘柄イモとして復活しましたが、繊細な芋のため栽培が難しいく、最近では、「紅東(べにあずま)」の普及にも押されほとんど耕作されてません。
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