さいたまの観光・国際交流情報
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さいたままめ歴史

イメージ太宰治と大宮のお話

 皆さんは太宰治が大宮で『人間失格』を完成させたということをご存知ですか?
 大宮に馴染みのあった筑摩書房社長の古田晃氏が、大門町で天ぷら屋を営んでいた小野沢清澄氏に部屋と食事を提供してくれるよう相談し、昭和23年4月29日から2週間、大宮で執筆活動を送ることになったのです。
 8畳と3畳の2間を借り、朝9時頃には起床して、昼頃から卓袱台に向かってペンを走らせ、夕方になると現在の平成ひろば付近にあった銭湯『松の湯』で風呂に浸かり、帰り道、当時氷川参道に並ぶ闇市を見ながら散歩し、そして夜はゆっくりと食事を摂る、そんなゆったりとした規則正しい生活を送っていました。
 大宮を離れた後、1ヶ月後に太宰は自らの命を断ってしまうのですが、小野沢氏には「次の仕事もまた大宮で執筆したいのでこの部屋は空けておいてほしい」と言い残していたことからもその死は未だ謎です。
 ただ太宰がこの地と出会った人に癒され、気持ちよく過ごして作品を完成させたことは事実であり、戦後の食糧難の時代に出来る限りのもてなしをした小野沢氏の心意気や今も当時の面影を残す氷川参道など、かつて太宰治を癒した大宮がいまもなお、そこにあります。

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執筆に使用した部屋。卓袱台を拭いているのが小野沢氏。

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現在の平成ひろば

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