プリンの支出額全国1位 !?さいたま市の絶品プリンをご紹介!

意外と知られていないかもしれせんが、この度、総務省統計局 家計調査(二人以上の世帯)で、さいたま市のプリンの支出額が全国1位になりました!
※都道府県庁所在市及び政令指定都市ランキング(令和元年〜令和3年の平均)

さいたま市はケーキの支出額が毎年全国トップクラスで、「ケーキのまち」として広く知られていますが、実はプリンも市民に人気のあるスイーツなんです

そこで今回は、さいたま推奨土産品にも選定されている、市民に大人気の美味しいプリンを食リポ付きでご紹介したいと思います

まず1つ目はこちら!
氷川の杜YAKUMOの「氷川ご縁ぷりん」。

「氷川ご縁ぷりん」(税込440円)

栃木県日光の金乃卵とYAKUMO自家製秘伝のカラメルがご縁で結ばれて誕生した、素材本来の力を引き出したプリンです。

名前の由来は、“お客様にも素敵なご縁が訪れますように”という願いを込めて名付けられたそうです。
帯に描かれている縁結びのイラストが素敵ですね。

別添えになっている自家製カラメルをかけていただいてみます。

口に入れた瞬間、プリンの滑らかな口当たりに驚き!
まろやかな甘みのプリンに、濃厚でほのかにビターな味わいのカラメルがとても良く合います。

カラメルをかけずにそのまま食べてもとっても美味しいので、お子様やビターが苦手な方でも大満足いただけると思います!

素敵なご縁に願いを込めた「氷川ご縁ぷりん」、是非召し上がってみてください!

続いて2つ目はこちら!
プリン工房 檸檬堂。の「氷川参道の檸檬堂プリン」

「氷川参道の檸檬堂プリン」(税込520円)

お店1番の人気商品なのですが、このプリンの凄さはなんといってもプリンに対する「こだわり」です。

素材には、ミネラル豊富な奄美諸島エリア限定のキビ糖、マダガスカル産ブルボン種とタヒチ種のバニラビーンズ、埼玉県産の卵「トップラン」、北海道産牛乳と北海道根釧地区限定純正生クリーム、お店独自ブレンドのリキュールといった厳選品を使用。
素材から製造法まで、全てにこだわって作られたプリンです。

更に驚きなのが、「氷川参道の檸檬堂プリン」には食べる作法(美味しい召し上がり方)があり、初めてお店でプリンを購入されるお客様には、その都度、作法を説明されているとのことです。
プリンを美味しく食べてもらいたいというお店の想いが伝わってきますね。

それでは作法のとおりにいただいてみます。
まずは、カラメルをかけずに一口。

卵の濃厚なコクのある味わいとバニラビーンズの香りが口いっぱいに広がり、思わず笑みがこぼれます。
素材の良さが一口で感じられるプリンですね。

次は、リキュール入りのカラメルをかけていただきます。

リキュールの風味がしっかり感じられて、濃厚なプリンと相性バッチリです!
カラメルをかけると大人向きなプリンという感じで、凄く贅沢な気分が味わえます。

こだわりが詰まった「氷川参道の檸檬堂プリン」、是非一度ご賞味ください!

そして最後にご紹介するプリンはこちら!
足立屋菓子舗の「紅赤ぷりん」。

「紅赤ぷりん」5個入り(税込1,188円)

さいたま市発祥のお芋「紅赤」を使った和風プリンで、リンゴのシロップ煮とリンゴ風味の芋の角切りも入っており、様々な食感・味が楽しめるプリンです。

平成24年から製造されているので、長い間、市民に愛され続けているプリンですね。

紅赤の優しい甘さが特徴なので、さつまいもが好きな方や、和スイーツが好きな方にはピッタリなプリンだと思います

「紅赤ぷりん」は、夏に紅赤がとれない為、11月〜3月までの期間限定販売になっています。
今回は時期的に購入することは出来ませんでしたが、また販売時期になったらいただいてみたいと思います。

老舗和菓子屋が作る「紅赤ぷりん」、是非召し上がってみてください!

以上、市内のおすすめプリンはいかがでしたでしょうか?
ご紹介したプリンの詳細は下記に掲載しておきますので、まだ食べたことがないプリンがあったら、是非召し上がってみてくださいね!
※営業時間等は、各店舗ホームページにてご確認ください。

・「氷川ご縁ぷりん」
氷川の杜 YAKUMO(さいたま市北区東大成町1-526)
TEL.048-780-2215
販売場所:上記店舗

・「氷川参道の檸檬堂プリン」
檸檬堂f(さいたま市大宮区仲町3-105)

TEL.080-3020-9732
販売場所:プリン工房 檸檬堂。大宮本店・高島屋大宮店・ザ•ガーデン自由が丘 大宮大門店・まるまるひがしにほん・コクーン2ユナイテッドネイチャー

・「紅赤ぷりん」(11月〜3月までの限定販売)
足立屋菓子舗(さいたま市浦和区仲町3-13-12)

TEL.048-822-2978
販売場所:上記店舗

岩槻出身の洋画家・田中保の企画展で垣間見た異国での挑戦と葛藤。埼玉県立近代美術館で10/2まで開催

猛暑が続く今年の夏、皆様いかがお過ごしですか?

現在、埼玉県立近代美術館(MOMAS)で開催中の「シアトル→パリ 田中保とその時代」展に行ってきました!

夏の北浦和公園は緑がいっぱい!

岩槻出身の洋画家、田中保がシアトルとパリで残した作品などが展示されています。なんでもMOMASでの回顧展は1997年以来25年ぶりとのこと。訪れた8月お盆休み中も午前中から幅広い年代の方が訪れ、作品をじっくりと鑑賞されていました。

先述したとおり、田中は現在の岩槻の出身で、浦和中学校(現在の浦和高等学校)を卒業後、1904年に単身でアメリカのシアトルに渡ります。お父様を亡くし、家計が傾きはじめ生活を助けるためだったそうです。

当時は日本人の移民がアメリカへ渡った全盛期、玄関口だったシアトルでは多くのアジア人で賑わっていましたが、中国人移民に続き日本人移民の排斥運動が盛んになり、田中も移民として様々な制限を強いられることとなります。

その一つが、1917年、現地で知り合ったルイーズ・カンとの異人種間の結婚。当時の社会では、白人とアジア人の結婚は異例とのことで、スキャンダラスに報じられたそうです。歴史的背景を交えながらの展示は、外国人画家としてアメリカに生きる田中の苦難をより鮮明に映し出していました。

田中がどのような経緯で画家を志したのかは謎のままだそうですが、特徴的なのは、田中が日本で美術教育を受けずに渡米後に学んだ事。また渡米後10年もしない内にその才能を開花させ、個展を開催する等していることです。美術的センスの塊だったのでしょうか。移民として農業やピーナッツ売り等の仕事をしながら、夜間に英語学校に通い、芸術の道も極めていく・・・。渡米当時、田中は18歳。自分が同じ年に田中と境遇だったら同じことができただろうか、と田中の情熱に感心しました。

シアトルで様々な画風に挑戦しながらキャリアを確立させていた田中でしたが、アジア人であることが故に出品を断られるなど、困難の壁に衝突します。生きづらさを感じ、新たな活躍の場を求めてパリに渡りました。

フランス政府や松方コレクション、また日本の皇室による作品買上など、パリでは華々しい活躍を見せましたが、日本国内でその名が知られることになったのは1970年代半ば以降、1941年の田中の没後から30年以上経った後でした。

田中保《自画像》1915年、埼玉県立近代美術館蔵

田中の代表的な作品は裸婦像の数々ですが、裸婦以外の女性像や肖像画、風景画、抽象画等も展示されています。本当に同じ田中が書いた作品?と不思議に思えるくらい画風や筆のタッチ等が異なり、歴代の作品を比較していると時間を忘れてしまいそうになりました。

岩槻に生まれ、今から約120年も前に異国へ渡り、人種差別に翻弄されながらも、その才能で画家としてのキャリアを確立させた田中保。8月23日(火)からは後期の展示がスタートするので、ぜひ会期中に作品を鑑賞してみては?

企画展の詳細は埼玉県立近代美術館の公式HPにてご確認ください。
月曜は休館ですが、9/19(月)は開館です。

曲線と直線が織りなす造形美!見ているだけでも楽しいMOMAS外観

同じく1FではMOMASコレクションも展示中。企画展と併せてぜひご覧ください!

この日はイタリア製の椅子がずらり

MOMASがあるのは、アート堪能にはもってこい!の北浦和公園。
園内の彫刻広場には、中銀カプセルタワーのモデルルームが展示されています。美術館とカプセル、どちらも黒川紀章の設計です。

窓から部屋の中を覗くことができます

まだまだ暑い日が続きますが、涼しい館内での美術鑑賞は心も体もリフレッシュできますよ〜

2022年10月2日(日)まで開催中なので、これから秋にかけてまだまだ存分に楽しめます。岩槻が生んだ田中保の軌跡を、ぜひその目でご堪能あれ!

園内の音楽噴水。夏は見ているだけで涼を感じます〜

さいたま市の背中(180)『歩道橋の上からさいたま市を縦断する鉄道を愛でる』

どーも、さいたま市民観光サポーターまつです。

前回は夜な夜なさいたま市上空を通過する飛行機を愛でましたが、今回はさいたま市を縦断する鉄道を愛でたいと思います。これらの記事からお気付きと思いますが僕は乗り物が好きです。好きなのは「撮り」ではなく「乗り」なんですけど。

鉄道を愛でにやってきたのはJR京浜東北線の北浦和駅から徒歩約10分の場所に位置する歩道橋。この歩道橋の脇は子供の頃から何百回も自転車で通過したことがありますが、実際に階段で上まで行くのは初めてです。



地図で見るとここらへん。



ご覧の通り歩道橋の他、道路横が直ぐ線路になっているため、珍しい電車が通過する際などは多くの鉄道ファンがカメラを構えている姿を見ることがあります。



結構な年季が入っている歩道橋。錆び具合が渋いですね。名称や設置年を調べてみましたが、地図でも現地でも確認ができませんでした。平成・令和ではなく間違いなく昭和でしょう。



上って来ました。人が余裕ですれ違えるくらいの横幅。国道などに架かっている一般的な歩道橋よりは広めのイメージです。景色も良いのでここでテントを張ってキャンプをしたくなります。



その景色がこちら。まずは南側の東京方面。線路は全部で8本。全てJR(旧国鉄)。両脇に住宅が建ち並ぶ中、これだけの線路がさいたま市を貫いているのは圧巻です。さいたま市のみならず、この線路がどこまでも続くと思うと旅情をかきたてられます。どの線路が何線に使用されているのかは割愛(自信がないから)。頻繁に通過するのは通常の旅客列車は高崎線・宇都宮線・京浜東北線。その他、特急列車や貨物列車なども通過します。



反対の北側。この線路がこの先、新潟や青森まで続くわけです。これだけの鉄路を延々と敷いた先人達の国造りの情熱は凄まじい。僕はこの線路を通り青春18きっぷなどを利用して青森などに行ったことがあります。線路は続くよどこまでも、ですね。

そんなことを考えていうちに「ゴー」という音と共にやって来た電車。線路に継ぎ目がない場所だと、絵本などにある「ガタンゴトン」ではなく「ゴー」なのですね。



京浜東北線、大船行き。京浜東北線の始発駅は大宮駅。大宮駅からなら確実に座って東京、神奈川方面まで座って行ける優れもの。それにしても埼玉を走るのに路線名に埼玉が入っていないとは。本来なら京浜埼東北線とでもすべきだったのではないか。その意思はJR京線が出来たことでリベンジができたというとなのか(色々歴史的な経緯や都合があるようなので興味がある方はWikipedia-京浜東北線を参照ください)。



そんなことを昼下がりの歩道橋でひとり熟考。そうしているうちに「ゴー」という音を立てどんどん電車がやってきます。これは・・・宇都宮線か?



高崎線、か?

群馬方面に行く「高崎線」と栃木方面に行く「宇都宮線」は電車のカラーが一緒だから、乗り間違えは初心者にはあるあるネタ。僕はかつて高崎線沿い、宇都宮線沿い、両方の職場で働いていたことがあるのですが、遠方からの訪問者から「乗り間違えましたので遅れます!」という連絡を受けることが年に数回ありました。都内からだと大宮駅までは並走しているから気付けば取り返しが着くのだけど、大宮を過ぎると引き返すしかないため泣きます。

そんな感じで想い出に浸りながらも楽しんではいたのですが・・・・



うーん・・・

 

シーン・・・






・・・・暇だ。

本数の少ない時間帯だったのか、10分くらい鳥の「チュンチュン」という音だけを聞いていました。当初は貨物列車とか何本も通過することを期待していたのだけども。

待っていれば来はするのだけど、バリエーションが同じ。ブルーの京浜東北線と、オレンジの高崎線・宇都宮線の共通カラーしかない。同じくさいたま市内の縦断する新幹線沿いであれば、東北・山形・北陸・新潟の各新幹線がかなりの密度で通過するのでもっと楽しめたかも。

でも8本の線路がどこまでも続く迫力のある景色が見れて、歴史の重み(1883年開業)も感じられたのは良かった。天気も良かったし。まさに「大動脈」の言葉通り、ヒトやモノが北へ南へ運ばれて行くのをジオラマを見下ろすかのように観察できた貴重な時間でした。

よし帰ろう。

帰り際に京浜東北線が来たので最後に撮影。

おしまい。

さいたま市の背中(178)『さいたま市の難読地名をあなたは読めるか』

どーも、さいたま市民観光サポーターまつです。

日本語の難しい所って、必ずしも学校で習った読み方では無いものがあることかと思います。人名はそのうちの一つ。そして土地の名前も何て読むか分からないという経験は多くの人にあるのではないでしょうか。当然さいたま市にも地元民でも「なんだっけ」となるような難解地名があります。今回は僕が独断と偏見で選んだ難解町名を紹介します!

<調査方法>
難解町名をリストアップするにあたり、郵便局の郵便番号検索を参照しました。

<分類方法>
さいたま市は浦和・大宮・与野・岩槻の旧4市が合併して誕生しました。ここでは旧4市をグループ化して、それぞれ1~3つをピックアップしてみました。判定基準は僕の独断と偏見です。

それでは行ってみましょう!

<旧浦和市(現南区・桜区・浦和区・緑区)>
・馬場
・玄蕃新田
・道祖土

<旧大宮市(現西区・北区・大宮区・見沼区)>
・水判土
・風渡野
・植田谷本村新田

<旧与野市(現中央区)>
・円阿弥

<旧岩槻市(現岩槻区)>
・増長

皆さんは幾つ分かりましたか?

それでは答え合わせだ!

<旧浦和市(現南区・桜区・浦和区・緑区)>
・馬場(ばんば)

人名では比較的ポピュラーなので「ばば」と読んでしまいそうだけど、さいたま市では「ばんば」。でも漢字変換で出て来たから案外ポピュラーなのか?個人的には「ばば」さんは会ったことがあっても、「ばんば」さんって会ったことはないけども。

・玄蕃新田(げんばしんでん)
「蕃」さえ読めれば答えは簡単なのだろうけど僕には読めなかった。電話で漢字を説明する際って何て伝えるのだろうか。「玄蕃」でググってみたら「玄蕃寮のこと―日本の律令制において治部省に属する機関である」。なんのこっちゃ。歴史好きならピンと来るのだろうか。(参考:Wikipedia-玄蕃寮

・道祖土(さいど)
これはどこに出しても恥ずかしくない難読地名かと思います。一文字目で「み」あるは「ど」と読んだ時点で間違いですからね。実は僕も旧浦和市民として漢字には見覚えはありますが、読み方を知ったのは今回が初めてでした。少し経ったら忘れてしまいそうだけど。こういう難読地名も市役所職員とかなら知っていて当然なのですかね。

<旧大宮市(現西区・北区・大宮区・見沼区)>
・水判土(みずはた)
個人的には上の「道祖土」と並ぶ難解地名。しかし読み出しは「みず」で決して裏切らない。その次は「はんど」と行ってしまいそうだけど「はた」と急に裏切るツンデレ振り。百歩譲って「は」は許せるが、どこに「た」の要素があるのだろうか?

・風渡野(ふっとの)
「水判土」ほどではないが、これはこれでなかなか厳しい。しかし必ずしも常識外れな読み方でもないのでナゾナゾが得意な人は勘で答えを出せるかも。

・植田谷本村新田(うえだやほんむらしんでん)
当初の選出基準は「長い」というだけでした。しかし区切り位置が不明確で、うっかり「谷本(たにもと)」とか「本村(もとむら)」とか読んでしまうという引っ掛けも。落ち着いて読めば大丈夫。電話で「ご住所は?」と聞かれて、「うえたやほんむらしんでんです」って言うのもなかなか大変かと思いますけども。なお調べたところ、区切り位置の正解は「植田谷本村、新田」だそうです。

<旧与野市(現中央区)>
・円阿弥(えんなみ)
旧与野市とこの後に続く旧岩槻市は区が一つしかないこともあり、元ネタに乏しく選出は一つだけです。僕は一時期、旧与野市に住んでいたので、「円阿弥」という漢字は路線バスの行先表示で、あとは良く行っていたイオンモール与野に隣接している町名ということで記憶にはありました。しかし実際に円阿弥に住んでいた訳ではなく、そこに行くような用事も無いので、正しい読み方を知ることまでは気持ちは向かず、ずっと「えんあや」と読んでいました。「円阿弥=えんなみ」という固有名詞として記憶をするしかないようです。

<旧岩槻市(現岩槻区)>
・増長(ましなが)
最後です。「ぞうちょう」という単語と同じですが、さいたま市では「ましなが」。北海道には「増毛(ましけ)」という、海産物や高倉健氏主演の映画『駅』のロケ地で有名な地名がありますが、その知識を応用すれば解けるかも。

以上です。

今回さいたま市の難読地名を探すにあたり、全ての町名を読み上げてみましたが、基本的には素直に読む地名が多かったです。これを通してさいたま市の全ての地名は読めるようになったと思うので非常に勉強になった次第です。日本各地には珍しい・難しい地名が数多くありますよね

みんなも地元の地名を読めるか改めて挑戦してみようぜ!

おしまい。

(参考リンク)
郵便番号検索

さいたま市の背中(177)『さいたま市民がさいたま市内のビジホに泊まってみた話 第2弾』

どーも、さいたま市民観光サポーターまつです。

ちゃっかりシリーズ化している「さいたま市内のビジネスホテルに泊まってみた」、第2弾です。第1弾は以下のリンクからご参照ください。

(129)『さいたま市民がさいたま市内のビジホに泊まってみた話』

今回宿泊したのは、JR浦和駅西口から徒歩約5分の場所にある「浦和ワシントンホテル」。



全12階、客室は140室、最上階にはレストランもある立派なホテルです。下のテナントエリアには飲食店やコミュニティFM(REDS WAVE)のサテライトスタジオ、保育園、ジムなどがあり、ビジネスホテルといえどもワンランク上の雰囲気を醸し出しています。







こちらのホテル、建物の存在感はあるので前々から知ってはいますが中に入ったのは初めてです。多くの人にとって地元のホテルに入る用事というのもそうそう無いとは思いますが。

ワシントンホテルは運営会社は藤田観光という大手企業で日本中に系列ホテルがあります。僕も日本各地のワシントンホテルに宿泊をしたことがありますが、各地域の旗艦的位置付けのホテルから、昭和感が漂う渋い雰囲気のホテルまで、様々なタイプのホテルを有しています。その中で浦和ワシントンホテルはその中間あたりに該当するのではないかと思いました。なぜならば・・・県庁所在地駅の近くにある立派なホテルながらとてもレトロな雰囲気を残していたからだ!その模様を紹介していきます!







ロビー階には浦和レッズの地元らしく沢山のグッズやサイン色紙が陳列。レッズファンはここに来るだけでテンションが上がりそうです。



さて早々に部屋へ向かいます。



部屋の鍵は何ともレトロなタイプ。僕は年間何十泊もホテルに泊まるけど、この鍵のタイプはなかなか見ないぞ。チェックイン時にこの鍵を受け取った時、かなり驚きました。久々に見たわ!って。



入室。至って普通のビジネスホテルですね。レイアウトは違うものの、前回宿泊した中浦和のプラザホテルよりは若干広いかも。空が綺麗。でも外の景色はプラザホテルの方が断然良かったな。だってプラザホテルは電車を見下ろせたからな。



浦和ワシントンホテルで宿泊した部屋からの景色は・・・窓から左方面を見ると辛うじて浦和駅西口交差点が。でも普段通過している交差点を上から見下ろすのも新鮮でした。



対比してみたくして交差点から見上げた写真がこちら。奥の茶色の建物がホテルですね。あの中の窓のどこかが僕が宿泊した部屋です。



こういう卓上湯沸機?も今やなかなか見かけない。先ほどのカードキーといい、どれだけレトロなの?と思い調べてみましたが、開業は1998年とのこと。そんなに昔ではない。その頃はまだ高校生でビジネスホテルなんて利用していなかったから比較のしようがないけれども。



最近のビジネスホテルはベッドにコンセントやUSBポートが組み込まれているのが主流ですが、浦和ワシントンホテルでは延長コードがニュッと出ていました。少しでも便利にしたい、しかしコストは抑えたいというホテル側の気合を感じます。



この卓上時計など今や滅多に見ないぞ。でもまだ全然綺麗だし使えるものは今後も使い続けて欲しいと思います。



ロビー階にはソフトドリンク、アルコールの自動販売機の他にロッテアイスの自動販売機も。市内にはロッテ浦和工場があるから地元繋がりで設置したのだろうか?

そんなわけで一通り館内を散策して翌朝の始発に備えて早々に就寝したのでした、ということにはならず(だってまだ15時台だから)、実際には浦和駅周辺で買い物や飲食をしました。チェックインが早かったからか分からないけど利用者はやはりというか少なめでした。まぁコロナ過だし、浦和だし(自嘲)。しかしそれでも浦和は官庁街だし、アリーナのあるさいたま新都心も近いし、アフターコロナでは今以上に必要とされることも増えてくるのではないかと思います。

時間は進んで翌朝、起きたのは3時半。



再び窓から浦和駅西口交差点を見下ろします。ここは眠らない街、ではなくシッカリ眠り街、浦和なので人通りは滅多になく、たまにタクシーが通るくらいです。同じ市内でも大宮とかだったら歓楽街もあるし人通りはありそうだけども。



チェックインを済ませ、来た時とは反対(駅側)から出ます。こちら側には駐輪場が併設されているので、館内のテナントを利用しに来た人はこちらに停めているのでしょうね。



朝4時半の浦和駅前。日中にこんなところで撮影をしたら間違いなく轢かれます。

そして僕は浦和駅発の始発電車に乗り、新鮮な気持ちでさいたま市から旅に出たのでした。

おしまい。

(参考リンク)
浦和ワシントンホテル
Wikipedia-浦和ワシントンホテル